5.ソニーアメリカ (1994~1996)
夏に赴任、日本の分社のSVPでありSony Electronics USAのSVP、Personal
Information Products company President として赴任した。このビジネスは当初
より懐疑的に見ており成功の確率は大変低い。理由はOS開発はGM(General
Magic), Network確立はAT&T, そのネットワークに採用予定のLanguage開発
はGM、アプリはすべて第三者の開発、使用するメインの部品もすべて外注。
ソニーは単なる寄せ集め集団でソニーの強みは何一つ入っていない。しかも米国
ソニー傘下ということで東海岸での会議が多く、直属の上司もコンピュータは全
く理解できない人であり、社長も同様で時間の浪費であった。
またGMの皆が如何に素晴らしいかを鼓舞して実態を見失っていた。確かに技術
のアイデイアは素晴らしいが他の主要部品やインフラが整っていない。これらを
理解できる人が残念ながらGM内部には皆無、ソニー内部にもほんの一握りの人
しかいない状況であったので説得に時間がかかった。
私はNEWS Workstation関連でInternetなるものを経験し、これが将来の突破
口になるとの認識であった。新たなネットワークを構築するよりも、早く、安価
に出来、ネットワークそのものは何もしなくてもOKという現状の把握がGM内
部やソニーのマネージメントにできていなかった。
英文には詳細を列記したが、
大きな課題は速度の速いインフラが出来ていなかったこと。
消費電力が大きすぎた
Chipsetが高価で大きく消費電力も必要でメモリー用量が小さい
などの多くの課題があった。
この商品は現在のスマートフォンに当たるもので1993年当時は夢のまた夢であった。
幸いに本社の社長も交代したので1995年に新社長の出井氏と直接会話を持ち撤退を勧め、結論を1ヶ月持ち越したため再度直接会話を持って撤退の許可を得た。
早期の撤退で過度の投資を避け、リスクの低減に高価があったと自負している。
Sony USAでのまとめ
*コンピュータ関連の技術動向や、市場の変化、他社の状況、ユーザーの要望などWord Station でもGeneral Magic端末でも大きな重要事項を見落としてそのまま鵜呑みにしたりしてビジネスをスターとさせてしまった。これらを正確に把握して、分析、曽爾の方向性や、勝ち目があるのか、あるとすればどの市場か、どの客層かなどビジネスのスタッフ部門が活躍できていなかった。またシニアー・マネージメントも全くの方向音痴に等しく、業界のトレンドや感じを掴めない、しかもわからないので数多くのどうでもいい質問を投げかけて時間を無駄に浪費した。どのビジネスでも同じであると思うが、その業界のことを全く知らないマネージメントに会うと的外れの質問やアクション、助言など全く無意味であった。この時点でソニーのトップマネージメントにはコンピュータ関連ビジネスをマネージできる能力を持っていないと判断せざるを得ない。ソニーのトップは常にハードとソフトの融合といっていたが、ソニー云っているソフトとは“映画や音楽”のことであり、これらはコンピュータ業界では“コンテンツ”という。そもそも入り口の言葉から誤解が生じている状況。
96年6月末でソニーを退社したがその大きな要因はこれらトップマネージメントの理解度に愕然としたためである。
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